「日米同盟と安全保障政策に関する分析」

日米首脳会談が開催され、日米同盟強化がうたわれたが、注目すべき点は、日米同盟における指揮系統の連携強化と日米防衛産業の連携強化である。これにより、日米同盟は台湾有事における連携体制を平時から強化し、米国の同盟ネットワークにおける防衛装備品のサプライチェーンを構築・拡大することになる。
一方、日米同盟の課題は山積する。最大の問題は、自衛隊と米軍のオペレーションケイパビリティ(作戦能力)とエコシステム(装備体系、通信電波など軍事環境システム)が乖離し、共同作戦能力が維持できなくなる恐れがあることである。今後、自衛隊はハイブリッド戦や宇宙・サイバー・電磁波といった新たな作戦領域に対応するため、組織体系や装備体系の近代化をさらに加速させなければならない。
日米同盟の連携で重要なのは、自衛隊と米軍の司令部が同じ施設内で働くことで、日常的に情報共有と意思疎通を行うことであり、今後はさらなる自衛隊と米軍の間の人事交換を拡大すべきである。具体的には、常設統合作戦司令部の機能充実とともにインド太平洋軍の将校を常駐る一方、インド太平洋軍司令部に陸海空各自衛隊の将校を常駐させることで共同の司令部機能深化を図るべきである。また、弾道ミサイル防衛統合任務部隊のように、統合任務部隊(Joint Task Force:JTF)を常設し、部隊レベルでも相互の人事交換を行うことが検討されている。
JSECでは、下記の点について詳細な分析を独自に行っている。その内容は下記の通りである。
1.日米共同作戦計画と有事体制の整備
有事の際、日米同盟が十全に機能するためには、共同作戦計画(OPLAN)の策定が必要不可欠となる。台湾有事に関する共同作戦計画の原案は昨年末に出来上がり、今年末に正式決定される。共同作戦計画の策定に当たり、防衛省・自衛隊のみならず、外務省、経産省、総務省、国交省、警察、消防など、あらゆる省庁や自治体、民間企業との調整が不可欠であり、場合によっては法改正の必要性が生じる。しかし、わが国では未だに省庁横断・官民連携の有事体制は整備されていない。政府はオールジャパンで日米共同作戦計画の策定と有事体制の整備に取り組む必要がある。
2.セキュリティクリアランス制度の強化
日米首脳会談では、日米同盟の指揮命令システム(Command and Control:C2)における連携強化、日本での米軍艦艇の補修、日米両国の防衛産業の連携強化について合意した。これらはいずれも機密情報に関わるプロジェクトであり、厳格なセキュリティクリアランス制度なくして実施することはできない。セキュリティクリアランス法案は今国会で成立する見通しだが、政務三役が適格審査の対象外になるなど、制度設計に隙がある。たとえセキュリティクリアランス制度を整備したとしても、情報漏洩によって同盟国・同志国に損害を与えれば、わが国の信用は失墜する。政務三役の適格審査を含めて、厳格なセキュリティクリアランス制度の整備が必要となる。
3.防衛省と民間企業との協力体制
現代のハイブリッド戦では、民間企業、特にアメリカのテック企業の影響力が増大している。ウクライMicrosoftやAmazonAmazon、スペースXなどがウクライナに協力し、情報システムの防護や最新鋭兵器の使用に大きく貢献した。確かに政府の安全保障政策が他国の企業に左右される状況は望ましくないが、テック企業の影響力は無視できない。政府は意見交換会を実施するなどして、アメリカをはじめとするテック企業との連携が検討される。
4.NSCの事態認定のシミュレーション
有事対応で最も重要なのは、政府の対応であり、日本政府の意思決定が遅れれば、日米同盟は機能せず、自衛隊は身動きを取ることができない。現代のハイブリッド戦では、政府は有事と平時の境界が曖昧なグレーゾーン事態で政策決定を行うことを強いられる。2014年、ウクライナはグレーゾーン事態におけるロシアのハイブリッド戦に対応できず、クリミアの占領・併合を許したが、わが国も尖閣有事などで同じ事態に直面する恐れがある。よって、平時からNSC、防衛省、シンクタンクで政治家、関係省庁、有識者による事態認定や自衛隊に対する命令のシミュレーションが実施されている。
5.政府と自衛隊の指揮命令系統
現在、わが国では政府と自衛隊の指揮命令系統が非常に厳格に設計されている。たとえば、米軍は統合軍の司令官に一定の裁量権が認められているが、自衛隊は一切の裁量権が認められておらず、政府の命令がない限り、何の行動を取ることもできない。これでは有事の際、目まぐるしく変わる状況に政府の命令が追い付かず、自衛隊が機動的に対応できない。事態認定やもっと高列度の事態での実際の運用におけるシミュレーション等を行い、政府と自衛隊の指揮命令系統が実際に機能するのかどうか、タテヨコの連携がなされているかチェックする。その上で、真に望ましい文民統制の在り方とは何か、自衛隊に限定的な裁量権を付与するかどうかの検討が必要である。
6.日本のレッドライン
中国や北朝鮮などの仮想敵国を抑止するためには、自国のレッドラインを明確化する必要がある。現在、台湾有事や朝鮮半島有事のリスクが高まっているが、日本はどういう条件で軍事力を行使するのか、政府内でシミュレーションや議論を重ねてレッドラインを設定し、あらかじめ有事対応のドクトリンを定めておくべきである。その上で、外交手段として相手国に対してレッドラインを明確にすべきである。これまで日本政府は「台湾海峡の平和と安定」に対する関心を明らかにしているが、さらに「台湾海洋の平和と安定が脅かされた場合、日本は一定の条件で必要な措置を取る」ことが必要となろう。
7.インテリジェンス強化と日本版CIAの創設
NSCにおける事態認定はもちろん、反撃能力の運用、セキュリティクリアランス制度における適格調査、防衛装備移転三原則における厳格審査などには、調査対象者や相手国の情報収集が必要不可欠である。だが、日本は独自の情報機関がないため、これらの調査を実行する組織と能力を欠いている。アメリカのCIAやイギリスのMI6など他国の情報機関にとって正式な日本のカウンターパートが存在しないため、日本は同盟国・同志国のインテリジェンス・コミュニティから疎外され、機密情報が共有できていない。日本のインテリジェンス機能を強化し、各組織や制度の実効性を担保するため、早急に日本版CIAを創設すべきである。なお、情報機関は〝諸刃の剣〟であり、恣意的に運用されれば民主主義や国民の自由の脅威となるため、合わせて民主的統制の仕組みが検討の必要性がある。
8.サイバー防衛体制の整備と強化
現代のハイブリッド戦では、従来の陸海空に加えて、宇宙・サイバー・電磁波・認知という新しい作戦領域が生まれているだけでなく「オールドメイン(すべての領域)」での戦闘が行われる。特に全領域に関わるサイバー戦はグレーゾーン事態から行われており、わが国の政府機関や民間企業、インフラに対して攻撃が仕掛けられている。サイバー防衛能力の構築は喫緊の課題である。現在、わが国は内閣サイバーセキュリティセンター(NICS)や自衛隊のサイバー防衛隊などでサイバー戦に対応しているが、法的・人的・技術的基盤はいまだに十分ではない。第一に、法解釈の変更や法改正を行い、海外のサイバー空間で情報収集・情報工作を行うアクティブサイバーディフェンスの準備が進められている。第二に、サイバー人材を育成・雇用するためにどういう措置が必要になるか、他国の事例を参照しながら、国家公務員法の改正を含めた検討と準備が行われるいる。第三に、日本のサイバー防衛システムの脆弱性を洗い出すため、ハッカー大会の実施をしたりする。さらには、脆弱性を補完するため米軍の「ハントフォワードチーム」との協力が必要となる。
9.防衛装備品移転の拡大
政府は今年3月に防衛装備移転三原則の運用指針の一部改正を行い、日英伊共同開発の次世代戦闘機の第三国移転を認めた。防衛装備は移転後のメンテンナンスや第三者への流出確認も含めて、長期的なフォローが必要である。また、防衛装備移転先の国で紛争が起きたからといって、日本製の防衛装備品に対するサービスを停止することはできない。防衛装備移転は相手国の抑止力を高める安全保障政策であると同時に、相手国との長期的な信頼関係を築く外交政策なのだ。よって、日本は独自のバリュー・チェーン(原材料の調達から製品の開発、製造、販売、サービス提供)を構築すべきである。そのためには、防衛装備移転三原則のさらなる改正を行って現在の制限を緩和していき、最終的には紛争が起きている国へ殺傷能力を持つ防衛装備を移転することまで認めるべきである。また、情報機関の創設を含めて、厳格審査や第三者への流出を実効的にチェックする体制を整備すべきである。
10.日本の防衛産業の振興
日米首脳会談では防衛装備品の日米共同生産、防衛産業の連携強化に合意し、新たな協議体を立ち上げる。だが、政府の号令だけで民間企業が防衛産業に投資することはできない。防衛産業はビジネスとして成立しなければ、民間企業のインセンティブは働かない。よって、政府は防衛力整備計画を着実に実行するとともに、民間企業に対して、第三国移転も含めて防衛産業政策のロードマップを策定・公表する必要がある。また、日米首脳会談では日本での米軍艦艇の補修にも合意した、これを機に日本の造船業も防衛産業の一角として振興するとともに、2022年末の安保3文書で掲げられた港湾インフラの整備・拡充が必要となり、一部の自治体ではその検討も行われる。
11.米軍と陸海空自衛隊の統合
自衛隊は常設統合作戦司令部を新設し、インド太平洋軍司令部及び在日米軍司令部との連携を強化する。同時に、陸海空自衛隊の統合・連携も強化する必要がある。具体的には、統合作戦司令部によって陸海空自衛隊の「指揮命令系統・部隊運用の統合」のみならず、各軍種の「装備体系の統合」、さらには「陸海空・宇宙・サイバー・電磁波という作戦領域の統合」まで踏み込む検討が必要となる。自衛隊の「総合的な統合」が実現すれば、自衛隊は領域横断的にハイブリッド戦やグレーゾーン事態に対応する能力を向上させ、対中抑止力強化につながる。
12.自衛隊の近代化(DX)
現在、米軍はハイブリッド戦に対応するため、急速に近代化(DX)を進め、組織構造や装備体系、エコシステムを不断にアップデートしている。自衛隊はこうした米軍の動きにCatch Upしていかなければならない。米軍C22システムにAIを導入している。AIによって膨大なデータをリアルタイムで処理して情報分析・状況把握・攻撃目標の設定を行い、司令官が選択可能なオペレーションを提示するシステムを構築中であり、こうしたC2システムが実装化すれば、米軍の判断・行動スピードが飛躍的に上昇する。自衛隊は専門チームを設置し、米軍のカウンターパートと協力しながら、自衛隊のAI化を進める検討・準備をしている。
また、米軍はAIに関連したドローンの導入を進めている。AIによる「群制御」によって数十、数百、数千、数万機のドローンのデータを同期させ、同時に1,000の目標を攻撃するような形での運用を目指す。すでにドローンはウクライナ戦争で導入され、ウクライナ・ロシア両国が運用している。特にウクライナが開発した水上ドローンは、低コストでロシアの黒海艦隊の艦艇を沈没させるなど、大きな成果を上げている。自衛隊はアメリカやウクライナと協力しながら、ドローンの導入を早急に進めるべきである。同時に、民間のドローン産業を育成するため、総務省の電波法などの規制を改革すべきである。加えて、ドローンの操縦士の確保も必至である。
13.自衛隊独自の反撃能力
2022年末の安保3文書により、自衛隊は「反撃能力」を保有し、トマホークを運用する予定である。だが、自衛隊は独自のキルチェーン(情報収集、目標特定、追跡・監視、攻撃、効果評価)を完結させるシステムを持っていない。これでは反撃能力を保有したとしても十分に行使することができない。よって、政府は情報機関の創設や情報システムの強化を含め、自衛隊が独自のキルチェーンを完結させるために必要な措置を講じることが検討されよう。また、自衛隊基地のセキュリティや抗堪性の観点から、大量のミサイルを安全に配備・管理する体制の整備が必要となる。